ハリー・ケリー・ジュニア著。

デューク同様?ジョン・フォード監督の愛のムチをビシバシ受けまくったケリーさんのフォード映画出演記。難しいことは抜きでとにかく色んなエピソード満載。訳文はイマイチだけどネタは質量ともにgood。

「馬上の二人」「シャイアン」についてもそこそこな量(50ページ)の記述があって、ウィドマークファンも満足の一冊、かな。
とりあえず後ろの方から読んだので(笑)、これから最初の方を読むことにしよう。

ちなみに、著者によるとフォード監督とウィドマーク様は、カンシャク持ち同士意外にもえらくウマがあってたらしいです。もっと早く一緒に仕事をしてくれていたらよかったのになぁ。残念。
1969年、ジャック・ドレー監督作品。

30代半ば、美貌と実力のバランスが整い、まさに円熟期に入ったアラン・ドロンがジャン=ポール・ベルモンドを口説き落として共演したノスタルジック風味のギャング映画(ドロンはプロデューサーも兼ねていた)。フランス二大人気スター初の本格的競演!ということで本国でも大成功した模様(二人は駆け出しの頃端役で共演したことがあるので「初共演」ではない)。日本ではDVDは出てなくて、BS放映分視聴。

1930年のマルセイユ。しがないチンピラのロッコ・シフレディ(ドロン)とフランソワ・カペラ(ベルモンド)は一人の女をめぐって出会い、殴り合いを経て親友になる。野心家で上昇志向の強いロッコと、天然で憎めない永遠の悪童といった風情のフランソワ。全く性格の違う彼らはガッチリ手を組み、マルセイユの暗黒街でのしあがってゆく。だが、トップにのぼりつめたと思った瞬間こそが、至福の時の終わりでもあった…

30年代に舞台をとったとはいえ、おとぎ話のようなサクセスストーリーは、フィルム・ノワールのリアリズムにはほど遠い。だが、これは、一種の青春映画としてのニュアンスの中で、対照的な二大スターの魅力を堪能すべき作品。だからこそ、パリではなく明るい陽光あふれる港町マルセイユに舞台をとったのだろうし、特に前半はコミカルな描写が多い。冒頭、出所したロッコが手下二人に出迎えられ、なじみの女ローラ(カトリーヌ・ルーヴェル)を訪ねて行くと彼女はフランソワの愛人におさまっていて…てんで、派手な殴り合いを繰り広げる場面など、ベルモンドはお手の物だがドロンずいぶんキャラを崩してがんばってるなあって感じにコメディタッチ。プロデューサーとしてベルモンドをたててる感じだが、それが、この映画をより魅力的なものにしていると思う。
コミカルもOK、アクションも勿論OK、憂愁もアンニュイもOKと、ベルモンドの懐の広さは明らかにドロンより上なのだが、あて書きしたかのような脚本で(したんだろう実際)、ベルモンドとドロンの個性の違いが際立ち引き立てあっている。

そして、クロード・ボランの音楽!これがまた素晴らしい。ラグタイム・ピアノ風のメイン・テーマがまずいいし、ジャジーな第二テーマ"Arts Deco(アールデコ)"も結構いい。ほろ苦くノスタルジックなシャンソン"prends-moi matelot(水兵さんを連れてきて)"も聞くだけでジーンとなる。というか、この音楽がなければ、映画そのものが成り立たなかったのではというくらい貢献していると思う。脚本は雰囲気重視で結構穴があるから(爆)

そういや高校の時、このサントラのEP盤(小さいヤツ)を買ったなあ…いや、ひょっとしたら「ボルサリーノ2」のほうだったかも(でもボルサリーノのテーマも入っていたと思う)。
屋根裏にあるかも。また探してみよう。

んなわけで、堅苦しいことは考えず、素敵な音楽に身をゆだねつつ、30年代ファッションで粋にお洒落にキメまくるドロンとベルモンドにうっとりするべし。ン十年前にTV放映一度見たきりだったので、久々にしかもノーカット字幕版で見られてほんとによかった。ドロンのみ出る続編「ボルサリーノ2」もあるが(これは学生時代映画館でみた)、正編の方が圧倒的にゴージャス。

しかし、彼らのワンピース水着に「?」と思う人がいるみたいですね時々(ネットサーフしてると見かける)。戦前の男水着はレスラーみたいなワンピーススタイルだったんですよ。別に奇をてらっているわけではなく、時代考証によりああなってるだけですのでご安心ください。
しかし二人ともしっかり鍛えて引き締まったいいカラダしてますなあ(*^^*)。あれ以上マッチョになると逆に私のストライクゾーンから離れていきますが。

カメオ出演のミレーユ・ダルクも造作なく見つかりました。階段の娼婦の一人なのね。


画像はサントラCDだけど、とりあえず試聴できる仏アマゾンサイトへのリンク↓
http://www.amazon.fr/gp/recsradio/radio/B00005OMPJ/ref=pd_krex_dp_001008?ie=UTF8&track=008&disc=001
フランスのマーケットプレイスだと画像のCDも何とか買えるみたいですね(笑)
「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」の上映50作品が決まったようですね。

http://asa10.eiga.com/cinema/

プリントが入手困難なものは上映できない、という、素人にはわからないしばりもあるだろうけど、私なんかにとっちゃ結構新しいものが多いし。80年代以降排除するくらいの思い切りが欲しかったな(笑)
基本的には、あ、やっぱりな…というラインナップ(無難というかやれやれというか)。
「なんで○○はないの?」というのは、禁句にしておこう。

そんななかでも、へ?と思った一作がこれ。
「ショウほど素敵な商売はない」!
それほどの作品か?…でも…ある意味、その意外さ含め、50本の中で一番行きたいような気が。
モンロー効果で入ったみたいだけどモンロー以外のナンバーが好きだ。
アービング・バーリン万歳。DVDも、持ってるんだけどね(^^;)

…これ以外で行くとしたら、ビリー・ワイルダー作品かな。

禁句にしつつも意外だったのは、ジョン・フォード作品が一本もなかったこと。
そもそも正統派西部劇など皆無ですが(「明日に向かって撃て!」「ワイルドバンチ」のみ)、フォードは文芸的な名作も作ってるのにね。プリントないからなのかもしれんけど。
あと、トップ10の投票結果だけでなく、11位以下の投票結果も見たいのに、サイトには今のところ出てない。
落ちた候補にどんなのがあったかこそ面白いとおもうのだが、ケチケチしないでほしいです。
1977年、スタンリー・クレイマー監督作品。

CSでやってた「駆逐艦ベッドフォード作戦」(レンタルで既見分)をDVD録画していたついでにチョロっと再見すると、超コワモテ偏執狂的なリチャード・ウィドマーク艦長にまたまた心底からの震撼をおぼえて、お口直しに何か…と引っ張り出したのが何故かコレ(コレも最近CSでやってた)。

いや、ウィドマーク様大好きなのですが、「ベッドフォード」だけは怖すぎです。トミー・ユードー(「死の接吻」の殺し屋)より怖いです。何しろ実人生でトミー・ユードー(のよーな人)に遭遇する可能性は、マジメに生きてりゃ限りなく低いでしょうが、ベッドフォード号のフィンランダー艦長(のよーな人)に遭遇する、ヘタするとその下につく可能性というのは案外低くはないかもしれない、とゆーかもしも職場の上司がこんなにも怖かったら!とか思うだけで胃が変になりそうです。

笑顔を浮かべていても冷え冷えとした空気がシッカリ伝わってくる、なまじ有能なのがまた始末に終えない…私のように気が小さく覇気もない人間には天敵ですな。ウィドマーク様はリベラルな方なので核兵器や冷戦について批判的な立場からこの役を熱演してらっしゃるんですが(製作まで兼ねてる)、核兵器よりも艦長の方が怖い私。ううう。
(参照http://13374.diarynote.jp/200805312258030000/)


…気を取り直して、…さて「ドミノ・ターゲット」。
大昔、映画館で見た時には、なんじゃこりゃ、と思った作品でした。
惚れた女キャンディス・バーゲンのDV夫を殺したとして入牢中の元狙撃兵ジーン・ハックマンが、謎の組織に脱獄させられ、暗殺計画の駒に使われる話。陰謀モノのつねとして、ナゾの組織はどこまでもナゾのまま絶大な力をふるう設定。根は悪人じゃない彼は、組織について探って逃げたり逆らったりしたいのだけど、組織は見せしめや口封じのために、彼が関わる人間を片っ端から消してゆく。勿論恋人も人質として利用される。

しかし!こんなに誰も彼も消していっていいのか?そして、死んだと思ってた人が…というのもお約束だが、何だかどんでん返しのためのどんでん返しになっていないか?そして何より主人公、こんなに何にも考えずに動いてていのか?(脱獄させてもらいーの恋人と素敵山荘に住まわせてもらいーのしてから何の策もないまま「狙撃はイヤ」と言ってみたり、せっかく二人で逃げ出したのに誰も知らない所へ行く代わりに素敵山荘に帰っちゃったり…)という気持ちで、果てしない?とともに見終えた、私的には正直スカサスペンスでありました。

ただ…ハックマンをスカウトするナゾの組織の一員、リチャード・ウィドマーク様が、この映画では組織の中で一人だけみょーに人間的な温かみをじんわりにじませているのですね。彼だけ、ハックマンとなんだか心の交流ができちゃってんですね。もういい年になってるんですが知的でほかほかして魅力的。暗殺とか企画してる連中の仲間なのになぜ?これもまた果てしない?のひとつですが、とりあえずこの点だけは歓迎できる(爆)

実は先日Google.books で過去の洋雑誌を検索中、この作品についての一文に遭遇しました。曰く「駄作というものは、説得力のない前提から出発してえっちらおっちらありえない結末へとなだれこむ。コレもソレだ。ただ、リチャード・ウィドマークを見るのは常に目に楽しい。彼が別に何もしていない時ですら。(大意)」。
うむむむ、なんて説得力のある批評なんだ!!!
この一文が、この、どーでもいい映画を私に再見させたと言ってもいい。

http://books.google.co.jp/books?id=QeQCAAAAMBAJ&pg=PA17&dq=Widmark+Richard+Domino&as_brr=3&ei=NRANS5bYFojakAT7ob3bAQ#v=onepage&q=Widmark%20Richard%20Domino&f=false


「あったかみのあるウィドマーク様を見る」
「可能であれば、以前?と思った部分を自分の中で解決する」

と、二つの目的のうち、前者は果たした。けど、やっぱり?はすべて?のまま。はは…

ハックマンは朴訥な中に憂愁を漂わせて悪くないけど、とにかく脚本がね…
中盤、久々に再会した彼女とひたすらいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃを撮ってるくらいならもう少し脚本練って欲しいな。ミッキー・ルーニーだのイーライ・ウォラックだの、渋い曲者役者を他にも色々取り揃えてるのに。
スタンリー・クレイマー老いたり、としか思えぬヌルい映画でした。ふぅ。
1971年、ピーター・ボグダノビッチ監督作品。ドキュメンタリー。
ジョン・フォード作品の名場面集は当然として、フォード監督本人へのインタビューや、ボグダノビッチ自身の語りも納得として、キラ星のごとく登場する大物たちが凄い。登場するのはジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ジェームズ・スチュアート、モーリン・オハラといったフォード作品のスターたち(そしてハリー・ケリー・Jr…)が老いたりといえどまだまだ元気そうに、そして監督連はスピルバーグ、スコセッシ、ウォルター・ヒル、そしてクリント・イーストウッドなど、彼らが本当にたっぷりとしゃべってくれる。サービス満点だ。輸入盤だから字幕は英語のみだが。
サービスがイマイチなのは、時々質問をはぐらかすアマノジャクなフォード本人だけだ(笑)

個人的に面白かったのはジミー・スチュアートの思い出話。この人はフォード作品にはかなり後期(60年代)からの登場。フォードに毎日キャストの誰かをイビる習性があったのは聞いているが、ジミーが初めてソレをやられた時に、ウェインがニッコリ笑って"Welcome to the club!"と声を掛けたらしい。ウェインはあれだけ監督に愛されていながら最もイビられる常連だったそうだから…(最もよく使われてたわけだし)。
それでもなおかつ皆から愛され尊敬されているフォード。どんな目にあわされても最後には自分が「傑作」の一部になっている、と思えば大概のことは耐えられるのかもしれない。そして実際、出来上がった作品には美と愛とユーモアがあふれている。私がフォード作品をある程度追っかけてみていたのは学生時代。少々遠ざかっていたわけなのだが、ピンポイントで「我が谷は緑なりき」の抜粋数か所分を見せられたらテキメンにまた泣けそうになってしまった。

そして「我が谷…」「若き日のリンカーン」「怒りの葡萄」「荒野の決闘」「黄色いリボン」「リバティ・バランスを撃った男」などのそうそうたる名作群にまじって、"代表作という程の作ではないが"と但し書きつきながら名場面のひとつとして、「馬上の二人」の川辺の会話シーン(スチュアート&ウィドマーク)がしっかり取り上げられていたのもちょっと嬉しかった。いやー、ここ大好きですよ私も~☆この映画、友人役の二人の息のあった演技が最大の見所だったと思います。
ここはカメラが川に入って撮ったけど、テイク2回でもうOKが出たとか。もともとテイクは少ない方がフォードは好きらしい。そのほうが新鮮、と。ウィドマーク様も他で同じことを言ってたからフォードと気が合ったのかも。どのくらいイビられたのかは…今のところ不明。知りたいなぁ。

あと、テイクの前に監督はジミーを脇に呼んで「Watch out Widmark, He’s a good country actor!」と囁いたそうな。後で聞くとウィドマークにも全く同じことを言ってたとか。あぁしょーもない小技を…。しかしa country actor って何なのかしら。誰か教えてくれませんか。

全体に、非常に画像が綺麗だったのもポイント。古い映画の引用も多いのにたいがいみごとにリマスターされてた。ヘタに廉価版とかで見直したらコレ以下なんじゃないだろうか画質。
うーん、フォード作品再見したくなっちゃったな。とりあえず手元に「シャイアン」も同時に届いてるんだけど、未見のものでは「アパッチ砦」と「若き日のリンカーン」が見たくなった。昔みたやつだと「リバティ・バランス」と「捜索者」と「我が谷…」かな。
あーあ、そんなヒマ、どこにあるんだろうかな…
1952年、ラオール・ウォルシュ監督作品。カラー。
たぶん大昔のTV放映(カットあり)で見ているのだが細部は適当に忘れていた。他所で話にでたこともあり、スカパー録画分を再見。

黄金期のハリウッド・スターの中で、海の男、船乗りのイメージが一番あるのは、グレゴリー・ペックかもしれない。(エロール・フリンもだが、厳密には海賊イメージだ)。
「艦長ホレーショ」「白鯨」もあるが、「大いなる西部」で"東部から来た海の男"の設定だったり、「ナバロンの要塞」で漁師に扮して要塞島に潜入したり。海の男は西部男とかに比べるとちょっとおおらかな感じだからか(西部男は抜く速さを競ったり、案外イラチな部分もあると思う)。

男性的なタッチの職人監督・ウォルシュと組んで、おおらかでカラフルな海洋活劇に仕上がっている。19世紀の話とあって帆船乗り(スクーナー)なのが更に嬉しい。ライバル船長ポルトゥギ(アンソニー・クイン)との互いの船を賭けたレース場面など素晴らしい迫力だ。登場人物のアップになるとスクリーンプロセス全開であるが…まあ、古い映画だからなあ。しゃーないか。

物語の舞台は19世紀半ば、アラスカがまだロシア領だった時代。ジョナサン・クラーク船長(ペック)は片腕と頼むディーコン(ジョン・マッキンタイア)らと共に、アラスカでオットセイの密猟をして稼いでいるが、アラスカを買い上げてしまいたいと思いつき、サンフランシスコで資金集めの大パーティを開く。そこへ、アラスカまで送ってくれる船を探し中のロシアの伯爵令嬢マリーナ(アン・ブライス)が身分を隠してまぎれこむ。意にそまぬ結婚から逃れるためだ。二人は恋に落ちるが、翌朝追いかけてきた婚約者(ロシア皇帝の甥)がマリーナを連れ去ってしまう…

甘いマスクに長身のペックと華奢なブライスは組み合わせとしては悪くない。彼女、首が長いから色っぽいけど上品だし。
陽気で下品で恥知らずなクインもお約束だが、少し驚いたのがマッキンタイア。先日見た「六番目の男」では性格の悪いオヤジ=ラスボスだったのだが…カッコイイじゃないか、オイ。
ヒゲ面だが美文調でキザにしゃべり、要所で船長のワキを固め(また割と甘いんだな船長のワキって)、アクション場面では船長以上にキレのあるスマートな動きを見せる。驚きました。コレだったらウィドマーク様のオヤジと言われても許せるかも。(ただ、調べると彼と7歳しか実年齢違わないのね。それで父子ってなんなのあのキャスティング…)

おおらかで、言葉を換えると大味で、とりあえず気楽に楽しめる典型的ハリウッド娯楽作品。
帆船好きにはオススメできます☆
「神様」ヒッチコックには、なぜかあまり興味がわかない。
ある程度は見ているが、これほど情報もDVDも出回っているのに見逃しているものも多い。

コレもスカパーでやったのを録ってから数カ月もたって、まあ多分コレなら比較的ふつうに楽しめるのではないか、と見始めたら。

ダンナが「結婚前に一緒に見たよな」と言う。

…へ?

全く記憶にないし、初見だと思い込んでいたのだけど。

「多分「ロープ」と二本立てで見た。」
とか、奥さん(ドリス・デイ)がどんなセリフ言ってたかの記憶まで結構あるようだ。えええええ?

彼はクラシック映画には特別興味がないので(映画ファンなわけですらない)、「知りすぎていた男」はともかく「ロープ」なんか普通出てこないと思う…
他のご家庭だと「エッ、じゃ誰と見に行ったのよ、キー」という展開になりうるかもしれないが、ウチは双方実に飾り気のない淡泊夫婦な上に、モノがモノだけにそれはなさそう。
そういえば、いっときヒッチコック映画がいろいろリバイバルされていたという記憶はある。
あるけれど…

とりあえず一時間ほど、何か思い出すか、と見てみたが、これがまた全く思い出さない。なまじ情報が流布しまくっているので、ストーリーはだいたい知ってるし(大好きな和田誠さんなんかもヒッチコックファンだしなあ)、「この展開は知ってる」と思っても「ここ見た記憶が」とならない。

どーなってるんだ!

そう思いながら見たせいかどうか、一時間見て「やっぱ記憶が戻らないなあ」と止めて他のことを始めた。もう夜中の0時になったし。

半分まで見て止めることができてしまう点で、やはりヒッチコックは私の琴線に触れないんだろうな。
…だからといってこんなにきれいさっぱり…orz。

というわけで、日を改めて後半を見るかどうかも、またナゾのまま残されているのであった。
まさかアのつく病気ではあるまいな…?

ちなみに「ロープ」を見たという記憶もない。多分ない(爆)
彼曰く「ロープ」はあまり面白くなかった、ということなので無理ないのかもしれないが。



<追記>
次の日たまたま用があって実家へ行き、眠っていた昔の日記を出してみると、なんと!
やはり「知りすぎていた男」は二人で見に行ったらしい(日付まで判明した)。
さらにパラ見してると、ほかにもポロポロ「え、コレ見てたっけ?」というタイトルが出てきたのには参った。
もはや自分の記憶など信じないことにしよう。1990年前後から、しばらくパッタリ映画を見ていなかった時期があるしなぁ。日記自体も結婚してから書かなくなってた。2001年からはずっとコレ、だいありぃのーと。

今のブログ日記同様、映画と本の事以外ろくに書いてない(しかも今以上にミーハーで短い)。
しかし、結構色々見ているものだなあと感心。いや、TVで結構イイもの(古いもの)を連日やっているのに感心。う、うらやましい…
忘れないようもっと詳しく書けよ自分。

そのうち読み返してみようかな?
中学に入るか入らないかの頃から断続的に書き続けていて、十数冊あるのだが…(汗)。
1948年、チャールズ・ウォルターズ監督作品。カラー。

最初はジーン・ケリー主演の企画だったのが、怪我で出られなくなったため、1946年の「ブルー・スカイ」後引退していたフレッド・アステアにお鉢が回ってきたというのは有名な話。しかし、これがアステア第二の最盛期の幕開けとなるとは(1899年生まれの彼なのに…)。
アーヴィング・バーリンの新旧17曲を散りばめ、イースターをキーにした明るいバックステージ・ミュージカルです。

1912年NY。ダンサーのドン・ヒューズ(アステア)は、"自ら育て上げた"ダンスパートナーのナディーン(アン・ミラー)にコンビ解消宣言された腹立ちから、しがない酒場の歌手ハンナ(ジュディ・ガーランド)を新パートナーに抜擢するが…

最初のうちドンは、ナディーンのオトナの色っぽさやエレガンスを新パートナーに強要するため、新コンビはちっともうまくいかない(羽根つきドレスで振りを間違えつつ踊るハンナに袖ではたかれる場面は、アステア=ロジャース「トップ・ハット」羽根つきドレス事件をパクっていて笑わせる。抜けまくる羽根に悩まされたこと、まだ根にもってたんすかアステア様!)。序盤のドンてばほんとに独裁的トーヘンボクなのである。ナディーンもそれで自立したくなったのかも(ドンのハンサムな友人=ピーター・ローフォードの方に気があるせいもあるようだが)。
ハンナの持ち味は、明るい可愛らしさとパワフルな歌唱力。それを生かした路線変更を試みた途端、新コンビは上昇気流に乗る。

ドンが「ハンナの良さ」に気づく I Love a Piano から Snooky Ookums, Ragtime Violinときて、When the Middight Choo-Choo Leaves for Alabam で最高に盛り上がるミニ・メドレーのノリのよさは素晴らしい。四曲目、並んだ二人が右腕をふりかぶってきゅっと体を後ろにそらす所などゾクゾク来ます。熱っぽいリズムとノスタルジックなキャッチーさを兼ね備えるアーヴィング・バーリンの曲はほんとにジュディによく合うなあ…

やがて大舞台で「二人が主役のショー」をかけられるまでになる。ここでのナンバーは二曲。
Steppin’ Out with My Baby の、白にほんの少し赤のアクセントをつけたアステアのスーツはほんとにオシャレ!他のダンサーが原色&黒でバリバリに決めているのでますます映える。そして衣装以上にもちろんダンス!ナンバーの終盤でアステアだけスローモーション撮影の合成になる(バックダンサーと音楽はそのまま)。スローになっても全ての動きに全くスキのない美しさ、そしてバックと別の時間空間で踊っていながら不思議な一体感を保つダンスに幻惑される逸品。曲良しダンサー良し演出良しで何度見てもウットリ。

続く A Couple of Swells は、ジュディのコメディセンスを生かした「浮浪者スタイル」のコミックナンバー。汚れ役?を嬉々としてキメるジュディ向けナンバーなんだけど、如何にボロ服でもどーにもエレガンスが抜けきれないアステア様も見もの。二人並べるとその微妙な違いがスパイスにもなる(コレがケリーなら「踊る海賊の」Be a Crown みたいになったんだろうな。あのナンバーはあまり好きじゃない。コミカルであってもエレガンスは欲しい私)。

だいたい最初の10分に3曲(タイトル流れる時のEaster Parade も入れたら4曲)というスタートダッシュからしてただごとでない。Happy Easter でナディーンへのプレゼントの帽子を買い、次に狙ったぬいぐるみを幼い少年と奪い合う? Drum Crazy、意外と冷たい彼女を口説くIt Only Happens When I Dance with You。あっという間に映画に引き込まれる。数多いナンバーをいちいちとりあげていても終わらないのでこのへんにしとくけど、103分に音曲ぎっちり感があり大満足でした。ミュージカルの場合、曲目はなるべく一作品に二桁は欲しい気がするなぁ。

それにしても、ジュールス・マンシンのウェイターが音楽にのせて?サラダのレシピ説明をするあれって、ミュージカルナンバーなんだろうか。あれはあれで凄かったですが。

カラーの華やかさに、ちょっと昔に舞台をとったためノスタルジックな味わいも加味されて、満腹感と癒しをたっぷりいただきました。いやー何度見ても名作は名作だな。作品制作裏話などの特典映像もあるし、廉価版もあるようだけど正規版のほうがおすすめです。
六番目の男
六番目の男
六番目の男
1956年、ジョン・スタージェス監督作品。カラー。

84分の小品ながら、カラーだし善人のヒーローだし、西部劇かつ監督あのスタージェスだしでウィドマークファン必見の作。なのに国内では、DVDもVHSも…(涙)
海外盤は英仏独スペインと各国で出ているのにな(但し英語字幕はどれもなし)。しびれを切らして仏盤買ってしまいました、特典にウィドマーク・インタビューがあったから。字幕は仏語(爆)


アリゾナ、ヒーラ谷。かつてアパッチの襲撃で5人の白人が命を落とした場所だ。ジム(リチャード・ウィドマーク)が焼け跡を掘り返している所へ、馬に乗ってキャリル(ドナ・リード)が通りかかり、言葉をかける。
あなたも金を探しているの?
だが彼が捜しているのは、5人を見殺しにし5万ドルの金を独り占めして逃げた「6人目」の手がかりだった。

5人の死者のひとりが顔も知らぬ父だと信じ、仇を探す男。
5人の死者のひとりが失踪した夫だと信じ、金を探す女。
勝気でミステリアスな女と、斜に構えているようで物堅い男。
彼らの道は行く先々で出会い、二人は共に旅することになるが、死者の素性を確かめつつ進むうち、「6番目の男」は彼らの夫か父か、どちらかだと分かってくる。女は男が傷つくことを恐れて「もうやめよう、一緒に引き返し静かに暮らそう」と訴えるが…

ミステリー・タッチの複雑な筋立てをコンパクトにうまくまとめて、オトナの恋模様もイイ感じに描かれている。5万ドル狙いの兄弟が次々と襲ってくるわ、アパッチは暴れるわ、牧場同士の抗争に巻き込まれ、癇性の若いガンマンにも狙われるわ、と、アクションやガンファイトは素晴らしくもりだくさん。ウィドマーク様のキビキビとした身ごなしと運動神経が堪能できます☆
また馬車と並走する馬上で振り返りながら撃ちまくり、とか、思いがけないタイミングでふらっと酒場に入ってきてガンファイト、とか、人の銃でガンファイト、とか、いろいろ目先を変えてあるのが楽しいね。

殴ったり、いきなりキスしたり、殴り返されたり、と、ラブシーンの方も「拾った女」以来の華々しさ(笑)。だが、荒っぽく扱いつつも女の純情にほだされる「拾った女」とは逆に、今作ではニヒルなようでどこか無防備(父の事で悩みが尽きないからか)な男に、勝気な女がほだされるという構図。何度か女に「ハメられた?」と疑ったりしつつも、結構「あんた美人だしな」で済ます投げやりっぷりとか、幼い頃別れて顔も覚えていない父親を「どんなだろう、と思ってしまうのは不思議な感じだ」と照れをにじませて呟くのとか、確かに母性本能くすぐられますわホント。意外にアッサリ牢屋にぶち込まれたりするのにも…(爆)。
金のことしか言ってなかったキャリルが、最後には全くそんなこと口にしなくなるのも無理ないです。でもひょっとしたら彼女、本当は元々金より夫がどうなったのかの方が気になっていたのかもしれない。
そんな気にさせるほど、終盤の彼女は突っ張った中にも誠意あふれる好演です。

夫が彼女のもとに帰ってこなかったのは南北戦争後のごたごたによるらしい。
南部アトランタ育ちのキャリル、テキサス生まれでやはり南軍で戦ったらしいジム(銃の腕はそこで磨いたのか?)、…西部劇に南北戦争はやはり効果的なスパイスだ。

苦みと救いの微妙なバランスのエンディングまで、息もつかせぬアクションとサスペンスと恋。
ジョセフ・ガーシェンスンの音楽も悪くない。サスペンスフルで、ラブシーンは甘くと的確。
いやー、これなら何度見ても飽きない楽しさですな。
よかったよかった。でもやっぱり日本語字幕版くらい出せばいいのに日本のメーカーも~。


ちなみに、ミステリー・タッチなのはフランク・グルーバー原作なため(だいぶ脚色されてるらしいけど)。この人のミステリは少し読んだけど、ユーモアがあって結構面白いです。西部ものだけでなく、セールスマン探偵とかね。セールスマンだけあって口がうまくて図々しいんだな(笑)…ウィドマーク様に演じてもらうのにぴったりだったかもしれません、こっちも。
1935年、マイケル・カーティス監督作品。モノクロ。
廉価版ではなくBox買いしてたのを(エロール・フリン・シグネチャー・コレクション)やっと見た。かなり昔TV放映分は見たことがあるし…と思ってたが、見てみると結構忘れていた。そもそもカットも多かったろうし。

1685年イギリス。ジェームズ二世の悪政のもと、たまたま反逆者の怪我を治療したアイルランド人医師ブラッド(エロール・フリン)は反逆者の仲間として逮捕され、奴隷として西インド(ジャマイカのポート・ロイヤル)に送られて厳しい苦役を課せられる。が、やがて仲間たちと脱走、キャプテン・ブラッドとしてカリブ海を荒らしまわる海賊の首領となる…。

名誉革命前夜を舞台にしているのがポイント。その後の本国情勢の激変は、海賊ブラッドの運命を再び変えてゆくことにもなる。ご都合主義が多いと考える人もいるかもしれないが、海賊たちの結構民主的な組織作りといい、一応の史実をおさえた上で娯楽性に徹した物語展開と言えるだろう。テンポが良くて約二時間があっという間だ。さすがに一定の古さは否めないが(帆船も何もかもミニチュアとセットが基本)、まさに古典!の楽しい帆船映画・海賊映画。

この時点ではほんの新人のフリン、まだ無名のヒロイン=オリヴィア・デ・ハヴィランドの抜擢はギャンブルだったろうに、出来上がったのは奇跡の傑作。トレードマークの口ひげが珍しく無いが、若いフリンの明るくスマートな魅力全開で、画面を見ているだけでなんとも楽しくなる。剣戟アクションも楽しいし(敵役の名剣士バジル・ラズボーン、あれだけの出番ではちょっと物足りないです…)、勝気なハヴィランドとの意地を張り合いつつの恋模様も楽しい。新人二人の若々しい魅力の勝利だが、カーティス監督の時にダイナミック、時に陰影を強調した巧妙な画面作りが、エリック・W・コーンゴールドの音楽の素晴らしさと相まって作品の品格を更に引き上げている。

ひととき、童心?に返って楽しみました。
…明日(!)からまたシゴトだしな…うう。

Boxのリンクはこちら。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0007URZDS?ie=UTF8&tag=boatswascot-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=B0007URZDS
最近郵便物が届かないのでさびしい。いや、ひところほどネットショッピングしてないだけなのだが。
ストレス解消にはやっぱりお買い物だなあ。

日本からも"Directed By John Ford "が買えるのに気がついたので、ちょっとだけ欲しい気がしている。「馬上の二人」や「シャイアン」の裏話が聞けそうな(なんてマイナーな方向性…)。少なくとも英語字幕はあるらしいし。フォードの西部劇は風景を見るだけでも価値あるし。
「暗殺者を撃て」の海外盤に手を出したりするよりは視聴後の気分は充実しているかも…
(オリバー・リードは好かんしバッドエンド臭いし)

しかし、ああ、そんなこと言ってるから本日もなにもしないままのオフ日になった。
仕事も持って帰ってきたのだが何もしなかった(するのもまた間違ってるかもだが)。
ムクイを受けるのは明日からだ。それとも寝る前に何かしようかしら。
聖女ジャンヌ・ダーク
聖女ジャンヌ・ダーク
聖女ジャンヌ・ダーク
1957年、オットー・プレミンジャー監督作品。モノクロ。
日本未公開のジーン・セバーグのデビュー作。タイトル通り中世フランスの英雄兼聖女ジャンヌ・ダルクの映画。
ただし、スペクタクルなど期待してはいけません。英雄譚・見世物的な要素は一切排した演出です。バーナード・ショーの原作戯曲をグレアム・グリーンが脚色したもので、テーマはほぼ「中世と宗教」。
そして、それだけに、日本人にはピンと来にくい作品でしょう。

オープニング、老いたフランス王シャルル7世(リチャード・ウィドマーク)の枕元に、ジャンヌ(セバーグ)の亡霊が立つ。
最初、彼女の顔だけが暗く影になっている。いかにも不気味だが、あたふたと落ち着かない身ごなしのシャルルはジャンヌに対しては怯える気配もない。二人の会話から過去に飛び、田舎娘ジャンヌの登城からオルレアン解放⇒戴冠式⇒ジャンヌ火刑法廷、と史実通りに続いて亡霊生霊大集合の奇妙なエピローグへなだれこむ。

ただ、ショーの原作戯曲のほうが「ジャンヌがなぜ誰からも、仏側教会関係者からも見放されるのか」は分かりやすかった。
教会関係者は「勝手に神の声を聞いたと主張する=教会をないがしろにする」ジャンヌが許せないのだ。教会をさしおいて神と関わるなどもってのほかなのだ。(教会をさしおいて勝手に聖書読んで神に近づこうとする新教プロテスタントを、旧教が許せず宗教戦争が起こったのと同じである)。ジャンヌはジャンヌで、なぜ神の声が(自分には)聞こえているのに、教会関係者になんだかだ言われないといけないのかが理解できない。原作戯曲には英国側ウォリック伯の政治的理由、教会側の理由、各方面の論理が縦横に描かれる。原作戯曲の裁判シーンはジャンヌ抜きでそこそこ量があるので、堅苦しいパートといえばいえるが読むとヨーロッパ中世がよく判った気持ちになれたのだが…(というか、うまく噛み砕いてる、ショー先生)。
「彼女は何も理解していないのだ…」とつぶやく司教コーション(アントン・ウォルブルック)の言葉は、いきなり映画だけ見てちゃんと通じるのか、よくわからない。ちなみに、宗教的理由をさておいても、王権も国民の意識もまだ確立しきっていない時代に「フランスのために!」と叫ぶ彼女を貴族諸侯が鬱陶しく思うのもこれまた時代の必然だ。

神の声に導かれ、時代から浮いてしまった淋しい聖女。それがショーの描き出すジャンヌ像なのである。

セバーグはちょっと線が細い気もするが、可愛いからいいのか?何も考えず分からずに神の声に従うジャンヌは、あれくらい若くてちょうどいいとは思う。だんだん周囲にもてあまされる所なんか、結構容赦ないですね。最も親しい立場の戦友ジャック・デュノワ(リチャード・トッド)ですら、決して時代の常識を踏み越えることはない。
コンピエーニュで捕虜になるあたりは、神の声がまた聞こえたのか、よく聞こえてないのに彼女が突っ込んでいったのか、戦闘シーンはなくいきなり牢屋になっているが、見ていて判断しにくいのがじりじりする。グリーンの脚色は、いきなり幽霊場面を繰り上げて見せるインパクトはいいと思うが、ショーの宗教的、社会的解釈の切れ味はちょっと鈍らされている気がする。グリーンはイギリス人だがカトリック作家。なぜ彼に脚色が振られたのかもナゾだな…
イギリス人神父のストガンパー(ハリー・アンドリュース)のいきなりな回心とかは、いかにもグリーン好きそうだけど、これは原作戯曲の通り。

とか言いつつ、原作と比べながら見たせいか、そこそこ面白く一気に見てしまった。
中世モノを作るには手堅く名優をそろえた上で、セバーグという新進プラス、シャルル7世にリチャード・ウィドマークというウルトラC級意外なキャスティングで勝負した作品だが、作品全体の当時の評価はイマイチだった模様…だけれど、演技合戦自体は見ごたえがあったと思う。

特に目が吸いよせられたのはウォリック伯のジョン・ギールグッド。爺さんになってタキシードの偉いさんとか執事とかやってる所しか見たことなかったのだが、壮年のギールグッドは堂々と、端然と、ある意味ひどくさわやかだ。理性でもってジャンヌの火刑を決めるが、そこにはひとカケラの私情も宗教的感情も含まれていない(教会側の感情も理解はしているが)。含まれてなきゃいいってもんでもないだろうが、中世の理性を象徴するような人物。

そして、肝心の(?)ウィドマーク様。結局、彼が出てるから見た作品…色々な不安を抱きつつですが…(中世とあって激しく変な髪形してるし)。
うーん。この人の映画はかなり何本も見てきたけれども、…すごい。別人のようです。
メイクもあるが、今回相当ぶっ飛んだ演技してます。「死の接吻」以来の飛距離かも。
醜く虚弱で金もなく、周囲の蔑視を道化のような奇矯な振る舞いで受け流す、名ばかりの若い王太子(「宮廷で最も粗末な服を着てるのが王太子」なのだ)。ジャンヌに出会ったのはたしか20代で、後年ジャンヌの幽霊と会う場面は50代の設定…後者の老けメイクは50代じゃすまないくらいの出来である(笑)
どっちのメイクでも、ちゃんと?モノすごく虚弱そうに見えるのがまた可笑しい…

身のこなしも表情も、なんだか必要以上に千変万化してつかみきれないシャルル像を見せてくれる。ジャンヌの励ましと戦勝により戴冠式をあげ正式な国王となるが、「聖女」に対して何のこだわりも執着もない。ジャンヌの戦果を見ても、戦いよりも和平の意義を主張してばかり。必ずしも馬鹿ではないようだが(なんだかんだ言って、彼の治世のもと、フランスはついにイギリスを追い払って百年戦争を終結させているのだ)、実はジャンヌにもあまり関心がないらしい。そもそも「かくあるべき」と説教されるのは大嫌い。なんだか遊んでばかりいる。中世の現実をふまえた混沌がこの国王なのか。それとも現実しか見ない彼、実は現代人モドキなのか。
この人物は原作よりもバカっぽい描き方になっているような。けれどウォリックとはまた違った意味で自分自身が揺らぐことなく、ジャンヌという「奇跡」から、掴み取れるものはちゃっかりと掴み取っている“勝利王”…。

少々舞台臭さが漂う演技だが、じっと見ているとコミカルでかーなーり、面白い。
ファンがそれを喜ぶのかどうかというと、まったく別の問題だが…。幸か不幸か、彼の場合、普段のタフガイ演技や悪役演技のイメージが、あまりにも強く世間に根付いていますし。

ま、私はこのキモカワ演技も珍品として賞味いたしました。なるほど舞台出身、こんなんも出来るんだー!けんけん遊びをしている中盤がいい。
逆に、彼のイメージを知らない若い人が見たらどんなのかしら、と、それが知りたくなりました。
おんでまんど
おんでまんど
ビデオ・オン・デマンド。嬉しいようで遠い。
一般的に大人気なモノでなくても手に入る可能性が?と、期待は盛り上がるが遠い。

Warner archive のDVD-rはいい値段の割にリマスターもメニューもなく画質ヒドいらしいし、Amazon.com のビテオ・オン・デマンドは米国以外の在住者には購入できない。字幕がないとか注文をつける以前のモンダイだ。
試聴すら、こないだまで「米国外ですから」と、クリックしてもシャットアウトされてしまっていたが、なんでだか今日見たら一応見れた。しめた!と注文もしようとしたらさすがに最後に「米国外ですから」と謝絶されてしまったが。

最初の3分ほどが試聴できる作品と、トレイラーが試聴できる作品がまじってる。最初の3分ではクレジットタイトルだけでほとんど終わってしまうが、「Destination Gobi」と「人生模様」のは初めて見たトレイラーで、ちょっと嬉しかった。RealPlayerダウンロードはできなかったので画面コピーまで取った。あとでトリミングもしとこかな(バカ)。
いつかは「Destination Gobi」本編も見たいなあ。大した作品ではないかもしれないが、若い頃のリチャード・ウィドマーク様主演日本未公開作なので♪

http://www.amazon.com/Video-On-Demand/b/ref=topnav_storetab_atv?ie=UTF8&node=16261631


<追記>
やっぱりバグか何かだったようで、数日後にはまた見れなくなりました。うーん残念。
1963年、ブレイク・エドワーズ監督作品。ピンク・パンサーの「一作目」。

コレは映画をまだろくに見てない、洋画ファンにまだなっていない頃、中一~二くらいでTVで見た!という記憶がある。
すごく面白かった、と日記にも書いた筈(実はその頃からゆるゆると日記をつけていた。ただし気が向かないと何日でも飛ばした。日常リアルはあまり書かないってのもその頃から同じ)。
そもそも、大好きなデヴィッド・ニーヴンがお手の物の怪しい洒脱紳士を演じているのだから楽しくないはずがない(見たのはファンになる前だが)。
のだが、久し振りに見ると、アレ?もっと面白くなかったかな?と思ってしまった。アレレレレ?

いつの間にかクルーゾー警部=ピーター・セラーズが泥臭く見えるようになってしまっていたみたい?いや、泥臭いんだけどさ実際。
一挙手一投足ごとに何かにけつまづいたりモノ壊したりするんですが、これだったらひょうきん族全盛時代のたけしの方がいいかもしれない(どーゆー比較だ…)。

ドジなクルーゾー警部の美人妻キャプシーヌが実は怪盗ファントム=チャールズ卿=ニーヴンの愛人で、そこへやっぱり怪しい卿の甥っ子ロバート・ワグナーが乱入して引っかき回す。艶笑コメディ色が強くて、クルーゾーの部屋で男二人がベッドの下とバスルームに隠れんぼのあたりはかなり笑えるけど、クルーゾー、なんとも可哀想といえば可哀想(笑)
ニーヴンはまあ普段通りによいですし、ワグナーもこのへんからスマートさに磨きがかかり始めたかなってところ。しかし、いくらニーヴンが魅力的だからって、女たちでよってたかってあんな助け方をするのは良いのか?(笑)

この映画からクルーゾー警部というキャラが誕生し注目されたわけだけど、そして、王女様にはクラウディア・カルディナーレなど、キャストも続編よりも豪華なんだけど、今となってはドタバタに徹した続編のほうがある意味完成度の高いものになっているのかもしれない。泥臭いなら泥臭いで徹底してて。

久々の再見に、ちょっと期待しすぎていたのかもしれません。
いや、楽しくないわけじゃないんですけど、ね(^^;)
音楽はもちろん良いし。例のオープニング・アニメも好きな人は好きでしょう。
1984年、ジャック・ヘイリー・ジュニア監督作品。エグゼクティブ・プロデューサーがジーン・ケリーで彼のナレーションから始まる。
制作もジャック・ヘイリー・ジュニア+デヴィッド・ニーヴン・ジュニアというのが何かおかしい。いや、どこもおかしいことはないんだけど…特典のメイキング映像でニーヴン・ジュニア氏の顔を見れたのはちょっと嬉しかった。口ヒゲはないけど、ちょっぴりお父様の面影があって(*^^*)

米盤ミュージカルDVDボックス、"Classic Musical from the Dream Factory volume 2" より視聴(英語字幕あり)。単品でも買えるようです。リージョンオールなので日本アマゾンからでもお気軽に。
「ザッツ・エンタティンメント」のパート3といってもいいような、ダンス場面に絞ってのミュージカル名場面集(「パート3」より何年も先に作られてる)。ジーン・ケリーはもちろんだが、レイ・ボルジャー、ミハイル・パリシニコフ、サミー・デイヴィス・ジュニア、ライザ・ミネリなどのゲストがリレーで語り手をつとめるのは「ザッツ」初代に戻ったようなつくりである。

ミュージカル・アンソロジーとして「ザッツ」シリーズとの個性の違いはあとふたつ。
今作はMGMミュージカルに限定していない。もちろんMGM作品が中心だが、RKOのアステア・ロジャース、ワーナーの「42番街」や「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」、はてはイギリス映画「赤い靴」も登場する。
また、60年代以降の新しい流れについても軽くだが触れている。「ウェスト・サイド・ストーリー」の“Cool”から、「サタデー・ナイト・フィーバー」「フラッシュダンス」「フェーム」マイケル・ジャクソンの「スリラー」まで。ただ、こういうアンソロジーを見る人が最近のミュージカル・ダンシングの潮流に興味があるのかどうかは分からないが(私はない)。逆に、なんで古いのばっかり…と思う人も多いかもしれない。このバランスはどう考えるべきなのか、アステア一番!のアナクロな私には、判断しきれない。すいません。三作目ともなれば4~50年代の最もオイシイ所は使用済みというのも、大変だろうなとわかるけど。

やはりバスビー・バークレー本家は凄い…そして、それを打ち破って(いや止揚して?バークレーが開発したシネ・ミュージカルの技術というか発想は失われたわけではない)スクリーンを個人芸に奪い返したアステア。やはりアステアは別格だなあ。ただ、この映画に収録された一番嬉しくてたまらない筈のアステア・シーンはもはや全て単品DVD(「ロバータ」だけはスカパー録画だが)で手元にある。うれしさがちょっと微妙である(^^;)
そういう意味では、一番おもしろかったのはビル・ロビンソンやニコラス・ブラザーズのタップの妙技だろうか。速射砲のように正確な前者、アクロバティックをくわえた後者。リズムが見る者の体内で炸裂する。

しかし、ケリーの「舞踏への招待」はやっぱりちょっとなあ…。アニメと踊るよりキャロル・ヘニー(アニメ制作の参考に踊った場面がチラリと出る)と踊ってくれるほうがいい。トムとジェリーや、アラビアンナイトの魔人と踊るまではまあいい。しかし、アニメの美女とウットリ踊ってどうするんだ…
昔のことだし、萌系の絵ではないが、痛車ならぬ痛ミュージカルか…(-"-;)

ダンスでしぼったことから、バレエについても映画とのかかわりをまとめて見直せて面白かった。バランシンも意外と映画にからんでたのね。

輸入盤で英語字幕のみなせいか、作品名が紹介されないものもあったのは残念。DVDケースには曲名しか出てないのである。アステアやジュディの作品は表記されずともわかるが、ニコラス・ブラザーズのは何て映画だったのかな。

収録作で未見なもののうち、本編を見たいな、という気に一番なったのは「キス・ミー・ケイト」でした。特に好きなスターも出てないけどね。日本でもDVD出てるし、また近いうち…
アラモ/ディレクターズカット版(VHS)
テキサスの領有をめぐり、米国とメキシコが戦った1836年。メキシコからの独立を目ざして、アラモで戦い玉砕した男たちを描くジョン・ウェインの「アラモ(1960年版)」については過去の日記(http://13374.diarynote.jp/200707232236000000/)でも取り上げた。
ただ、DVDでは(そして日本公開時も?)162分のこの映画、公開前の時点では3時間超の長さだったそうな。「DVDにないウィドマーク様のシーンがあるからVHSのほうが」という某所での意見を聞き、ついついディレクターズカット版VHSを探してしまいました(二本組202分)。
念のためDVDにもバックアップを、とか考えてダビングしながらついつい見直す私。
うーんヤッパリ「アラモ」はウィドマーク様でもってるよな、と思う私。
自分用覚えをかねて、目立つ「カット場面」を書いておくことに。

冒頭、ヒューストン将軍(リチャード・ブーン)がアラモを訪れる。砦にはトラヴィス少佐(ローレンス・ハーヴェイ)の正規軍30名たらずと、義勇兵百余人を連れてきたジム・ボウイ大佐(リチャード・ウィドマーク)が籠城しているのだが、ボウイは見当たらない。酔い潰れて寝ていたからだ。将軍はトラヴィスを大佐に昇進させ砦の指揮を預けつつ、「大酒飲みで元冒険家で地主の規律破りな民兵」なボウイへ不信を抱くトラヴィスに「信じられる男だぞ」とたしなめて去る。
将軍が去る頃、自室で寝ていたボウイは目を覚ます。「くそ、何やってんだ俺は…」で、暗転。

だが。
ディレクターズカット版(以下DC版)では…
「くそ、何を…」のあと、黒人奴隷ジェスロ(ジェスター・ヘアストン)と会話し、「あったら飲んでしまう」と自ら酒を捨てて外に出ると、トラヴィスがやってきて、大佐として自分が指揮をとることになったと告げる。ボウイの「反省」ぶりがちょっと素敵。白シャツがよくお似合い☆

さて次のカット場面。
市長が敵軍の情報を伝えに来てくれたのに、不利な情報を部下に聞かせたくないトラヴィスは冷たくあしらうが(失礼な奴だとボウイは怒る)、その後トラヴィスとディキンソン大尉(ケン・カーティス)との政治談議がある。コレは特別米国政治史に詳しくない私には意味なし(笑)

やがてデイヴィー・クロケット(ウェイン)御一行様がやってくる。すぐに仲良くなったクロケットとボウイは、軍が求める武器弾薬を悪い商人が教会に隠しているらしいと聞き、夜中に押し入りゲットする。
DVDでは「ヨシ、あったぞ!」で次の朝になるが、DC版では悪党に見つかって短いがイイ感じの格闘シーンが。

士気が落ちるからと不利な状況は部下に隠す、ごまかしてでも他人を引っ張ろうとするトラヴィスの態度がボウイは気に入らない。もうすぐ援軍が来るそうだから、とクロケットがなだめるが「トラヴィスの言葉など信じられるか」とボウイはカリカリ。
ここで、DC版のみの場面。
援軍の様子を見に行っていた伝令が戻ってきたので直接人数などを尋ね、「1000人来ます」との答を得てボウイは一応納得するが、実は前もってトラヴィスが人数を水増しして答えるよう伝令に言い含めていたのだった。ディキンソン夫妻や伝令兵自身すら苦い顔になる。なんちゅーやっちゃ。

大軍がアラモを包囲する。
DC版のみ、ディキンソンら数人が偵察に出て、敵が牛の大群を食糧として引き連れているのを目撃する場面あり(牛強奪作戦の伏線になる)。

DC版のみ、市長らが義勇兵を何人か連れてくる場面あり。手の平を返したように喜び迎え入れるトラヴィスを見て嘲笑を浮かべるボウイ。

DC版のみ、ディキンソン大尉の幼い娘リサの誕生日パーティ場面あり。無骨な男どものお祝いが微笑ましい。いいシーンなのになぜ切ったかわからない。


他にもチマチマとカットがあるのだろうが、目立つのはこのあたりですかね。多分戦闘シーンや敵の大軍描写ももっと長かったのでは。
うーん、何でディレクターズカット版DVD出てくれないのだろう。「カット集」を特典で付けるのでも許す。VHS画質は今では哀しい。

ノーカット版の方が、よりボウイ>トラヴィスになってるような気も…。
ウェインとモメて切られた説などは主張しませんが(笑)
結果的には御贔屓ウィドマーク様、十分においしい所さらってる気がします。「アラモ」というと誰もが彼の「夜がこんなに暗かったとは」場面を持ちだすし、土壇場でトラヴィスの真意を知ると、無言で真っ先に引き返してくる場面の格好よさ!
おまけに、彼とトラヴィスの決裂を防ぎたいクロケットに酔い潰された翌朝の一幕など、コミカルな演技のキレがまた素晴らしい。

ウィドマークは元々ウェインが望んでのキャスティングではなかったそうだが、この三人の個性のバランスは結果的には実に良いと思うのだがどうだろう。
史実に即したい所しか即していないのだろうが、ナニワブシな講談調のどこが悪い?
演者さえよければ、結構楽しいものです。気になるならフィクションとしてみればヨシ♪

Amazonのマーケットプレイスで買いました。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000065124?ie=UTF8&tag=boatswascot-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=B000065124
おフランスから。
おフランスから。
おフランスから。
台風一過。
ディレクターズカット版「アラモ」VHSを、念のためにとDVDにバックアップしてると(画質はイマイチなのだが)、今度はフランスから「六番目の男」がやってきました。
10日ほどで来たから、ドイツほどでないけど英米より早いかな?
送料高いだけのことはあるのかしら、大陸って。

特典はどうだ。字幕はどーなってる。ドキドキしながら開いてみる。
リチャード・ウィドマーク・インタビューが入ってるんだよね♪
かなりのお年とお見受けするが、ちょくちょく挿入される出演作品画像がナカナカ(*^^*)
英語で話してるがフランス語字幕付き(はずせない)。大学で第三外国語としてカスった言語、もはやほとんど読めないが固有名詞はそのまんまなので、あればそれなりに役に立つ。

映画本編見る時も、ないよりはあると時々役に立つのではないかなーと思っていた。
ところが。
字幕、消せないんだね(^^;)
フランス語吹替バージョンと、フランス語字幕バージョンの二種類だけが収録されている。
うーーーーーーむ。
上下に黒帯のワイド画面ならいいが、フルスクリーンだから最後まで見るうちに「邪魔だなあ」という気になりそうな気がしてきた(苦笑)

画面はデジタルリマスターが効いて素晴らしい美しさだが、フランス人の「フランス語は世界一」気質にはまいりますなあ。英語のみでの鑑賞を許さない?字幕かセリフか、フランス語がどっかにないと許せないんだね?

まったく困ったヤツらであります。
自主上映で、フィルムは想像以上に壮絶な状態でしたが(モノクロみたいだった…)、すばらしい一日でした!

アコガレの劇場の大画面。自主上映の16ミリスクリーンを含めても、「主演」のウィドマーク様を見たのは「大西部への道」しかなかった私。これもロードショーではなく東京の名画座の結構雨降りな画面で、親戚ンちへ行く際強引に親にねじこんだ無理無理な機会。
1970年代以降のウィドマーク出演作は劇場でも何作か見ているが(「合衆国最後の日」「コーマ」「オリエント急行殺人事件」「スウォーム」等)、さすがに60才を超えると大抵脇役。主役を張っても未公開TVムービーだったりキワモノ(ホラー)だったりなので、地元で「シャイアン」の自主上映情報を見つけた時は実に嬉しかった。
画面がフルスクリーンでも(本当はワイドスクリーン映画)。褪色ありと注意書きがあっても。

とはいえ、あれだけ褪色があると、…あえて「評価」はしないことにします。しかも完全版じゃなかったらしいし。
通常フォードの西部劇に景観の美しさという要素がないわけないのだろうけど、今回ソレが生憎欠落した観賞でしたので…


米国政府との協定に従い、故郷イエローストーン地区を離れて南へ移住したシャイアン族。しかし政府の約束した援助物資は不足し、約束の日時にも議員団は現れない。人口まで激減した一族は2000キロ北の故郷へ帰ろうと決める。騎兵隊がそれを追うが、いい加減な情報の蔓延や利権屋の暗躍がからみ、苛酷な旅路を辿るシャイアンの運命はますます悲惨なものになってゆく…。
シャイアンに同行する白人の女教師(キャロル・ベイカー)や、シャイアンの実情を知り内心では同情的な騎兵隊の大尉(リチャード・ウィドマーク)を配し、銀幕でインディアンをゴマンと倒してきた西部劇の「神様」フォードの“贖罪”とも評される作品ですが、必ずしも重苦しいだけの印象ではなく最後まで飽きず見終われたのは、たんに私がウィドマーク・ファンだからでしょうか(笑)
「馬上の二人」とほとんど同じキャラクターと言ってもいい、常識的で人間的で誠実で不器用なベテラン将校。
騎兵隊の紺軍服が素晴らしく似合うのが目に楽しいです。横に黄線の入ったズボンが足長く見えて素敵。怪我をしたシャイアンの子どもの相手をするところの優しさも素敵。ただし上司も部下(パトリック・ウェイン)も彼の人間性になかなかついてきてくれなかったりなんですが。

理想主義的な内務長官を演じたエドワード・G・ロビンソンの存在感もさすがだった。
超好戦的なのが途中で改心するP.ウェインや、インディアンについてよく知っている良い人かと思ったら上からの命令には杓子定規なダメ軍人カール・マルデンについては中途半端な気がしたけれど、「実は15分ほど欠落のあるフィルムでした」とか言われちゃったしねえ。やれやれ。
ダッジ・シティでコメディ・リリーフのような登場をするジェームズ・スチュアート(ワイアット・アープ)とアーサー・ケネディ(ドク・ホリディ)は、楽しいといえば楽しいけど、どっちでもいいといえばいえる。ジョン・キャラダインまで出てるの含めてファンサービス?なのかな。ウィドマーク大尉がウェイン少尉に「君の父上のことは知ってる」とかいうのもある種ファンサービスかな。

むしろ、シャイアン族の旅路に、ウィドマーク様のナレーションが結構重なるのが嬉しかったり…。この人の声、好きです★
本当は大塚周夫さんのようなダミ声じゃないんですよ。(大塚さん上手いし好きだけど…)。

英語字幕つき米国盤がAmazon.jpで買えるのだけど、日本語字幕つき日本盤が出ないかなあ、腐ってもフォードだしなあ、とずーーっと待っていたけど、諦めて米国盤買おうかしらん。
ちゃんとした「シャイアン」が見たくなりました。


そして、ちょっと私信モード…。
実はえらくご近所だったなにわすずめ様、ごいっしょに鑑賞できてうれしかったです!やはりネットであれこれお話してからお会いすると、まるっきり「初めて」って感じがしませんね。今後ともよろしくお願いします。
1943年、オットー・プレミンジャー監督作品。

ニューヨークの有名コラムニスト、ライデッカー(クリフトン・ウェッブ)のもとに、「美貌のキャリアウーマン・ローラが散弾銃で顔を吹き飛ばされ殺害された事件について聞きたい」と、刑事マーク(ダナ・アンドリュース)がやってくる。凝りに凝ったインテリアの中、ライデッカーは“自分が育て上げた”ローラ(ジーン・ティアニー)との出会いを熱く語り、捜査にもなるべく同行させてほしいと申し出る。彼女はプレイボーイな婚約者シェルビー(ヴィンセント・プライス)との仲を悩んでいたらしい…。ローラの叔母(ジュディス・アンダーソン)も彼に貢いでいた気配がある。
ローラの高級アパートで、美しい彼女の肖像画を見上げるうちに、ハードボイルドな捜査官マークもまた、死んだはずの彼女に惹かれ始める。捜査は難航するが、ある日…

かきくどくような、ムードたっぷりの音楽、そしてモノクロなのがかえって美しく印象深い映像のマジック。撮影賞(白黒)でオスカー取ったのも納得。
死んだ女をめぐる、ちょっと普通でないラブ=ミステリーだが、ポンポンと意外な展開を重ねてゆく語り口にも魅せられる。凶器に関する伏線の張り方には特に感心。個性豊かな登場人物たちの描き方も工夫が感じられて結構。序盤で刑事を招き入れるライデッカーが風呂に入ってるのなんか凄いですよね。書斎に特製の浴槽(タイプライターを載せる台付き)を置いて裸で執筆中…。お出かけ時にはボタンホールに花を欠かさない洒落者なのだが、彼の金持ちマイペースぶりと同時に、裸にムくことで男性としての貧弱さ(シェルビーやマークと比べて)を観客にさらりと印象付け、なんとも意地悪くて上手い。

ティアニー、アンドリュース、ウェッブ、プライス、アンダーソン、ハッキリいって主要キャストの誰にも私は関心がない(好みでない)のだが、最後まで面白く鑑賞できた。FOXの正規盤=特別版二枚組を買ったので解説音声トラックもあるのだが、そちらも視聴後結構楽しく聞いた(二種類もあるので全部はさすがにまだ聞けていないが)。
最初のローラ候補はジェニファー・ジョーンズだったそうな。ライデッカー役候補には一時ジョージ・サンダースも上がってたという。なるほど、いいなぁサンダース(割と好き。またライデッカー役は「イブの総て」のアディソン・デ・ウィットにも通じるところのあるキャラだ)。でも、キャスティングとしてはウェッブのほうが適正だろう。サンダースは体格が立派すぎる。

解説音声で触れられた「第一稿を読んだザナックのツッコミ」が、モノ凄く的を射ているのにも感心した。ライデッカーは一番よく書けているがセリフに更なるキレとウィットを足せ、ローラはしょーもない男に引っかかる馬鹿に見える、これじゃ一流女優を当てられない、シェルビーをもっと魅力的な男にすることでバランスを取れ、うんぬんかんぬん…。完成した映画はザナックの意見に合わせて手直し済の筈だが、それでも私は「ローラって馬鹿?」って思ったもんなぁ。

実は特典映像のティアニー・バイオグラフィに御贔屓リチャード・ウィドマーク様がちょっぴり出てると聞いたのが、レンタルやワンコインDVDでなく特別版を購入した理由であった。とはいえ、映画自体の出来にも満足。
オークションで定価よりはずっとお安く買えたし、八方満足の映画であった。
1924年、バスター・キートン監督・主演作品。

「カイロの紫のバラ」のコメント欄での話題に出たので見てみる。もともと、チャップリンなんかよりキートンがいいよ、と思ってたがコレは未見だった。学生の頃何か少しだけ見たんだけど何見たんだっけ…。

「映画に入り込む」つながりで話題に出た。映画ってメディアができてからさして年月もたたないうちに、もう映画の中に入っちゃったりカット切り替えに振り回されるギャグなんてぶっとんだネタ作ってるんだから凄いものです。久々に見て、あらためて身体能力にも感心。バナナの皮で転ぶだけでも、どう体を動かせばああも派手に全身回転しながらハネ上がれるのでしょうね。
もちろん話は探偵志望の映画技師キートンが、うたたねするうち映画の中に入り込む中盤以降が本番、映画に入り込んでからこそ盛り上がるんですが…。そして、夢の中・映画の中で“シャーロック・Jr”に変身した彼の格好いいこと。爆弾ビリヤードのキューの扱いもおみごとだし、悪党との追っかけっこのテンポの凄さもよかった。そして、現実に戻ると、なんとも不器用で可愛い青年なのでした。決して笑わない、どこか淋しげなポーカーフェイスが女心に訴えます(笑)

オシャレでハイセンスなサイレント喜劇。また何かキートン借りてみようっと。
短いのも便利だ(笑)

※ニコニコ動画にもありました。⇒ http://www.nicovideo.jp/watch/sm3892814
※英語字幕版YouTubeで発見。⇒http://www.youtube.com/watch?v=DdXqpuLp3uo

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