1939年、ジョン・フォード監督作品。モノクロ。
スカパー録画で視聴。DVDにはリンカーンとあるが公開時邦題はリンカンだからね。
イリノイ州の田舎町、新米弁護士として一歩踏み出したばかりのリンカーン青年とその「最初の事件」を描くドラマ。

貧しい青年リンカーン(ヘンリー・フォンダ)は、独学で法律を学び、先輩弁護士の事務所に席をもらって法曹生活を開始する。先行きはあやしいが、亡き恋人アン(ポーリン・ムーア)のくれた励ましが心の支え。ある時、パレードで賑わう町で殺人事件が起こる。町の男がよそ者に殺されたとあって、容疑者のクレイ兄弟は興奮した町民にリンチされかける。弁舌によりリンチを阻止したリンカーンは、困難を覚悟で兄弟の弁護も引き受けるが…

有名人を演じるとあって顔は結構メイクで変形させてる(いつもより鼻がでかい(笑))が、いつもながらの長い足をゆるりゆるりと動かすフォンダ、このスローモーさでもって茫洋とした田舎者ぶりに知性と強い意志を秘めて、という造型はさすがだ。リンカーンも長身だし野良仕事で鍛えてた史実があるので、訥々とした中にユーモアをまじえた「説得力」に加え、流れによっては「ヨシ、拳で来るか!?」みたいなやりとりでかわすのもありだよね。

死んだ男は昼間、一家でパレードを見に来ていたクレイ家の若妻に散々ちょっかいを出していた。観客には裏の様々な事情(特に容疑者一家の美しい家族愛)がよく見えるのだが、町民は誤解と身びいきを重ねて激昂するのがもどかしさを盛り上げる。兄弟が互いを庇いあうためかえって両者とも縛り首になりそう、という困難な事件を、弁護士一年生のリンカーンがどうこなすか?と、物語の後半は法廷ドラマの面白さがあふれている。

励ましてくれた初恋の女性との挿話は、えっ、と驚くほど一瞬で終わるのだが美しいテーマ曲があり、折々にリンカーンの背骨を支える思い出として情感を盛り上げる。開拓者一家、特に深い愛情と公正な心の間で揺れる母親(アリス・ブラディ)に対して見せるリンカーンの好意もほのぼのと美しく描かれて、「様式美」なんだがそれが何とも心地よい。母親と初恋の彼女が偉人リンカーンを創ったというのか。マチズモの代表みたいなフォードだけど、こういうのはいつもうまいね(笑)
ラスト、野原を歩むリンカーンに雷鳴が重なり、「この人物とこの国の将来」を暗示するのも心地よい様式美で、アメリカ人はほんとにリンカーンが理想なんだなあ(フォードの「シャイアン」とか、キャプラ作品とかいろいろと…)。少なくとも前世紀は。今はどうなんでしょう。

あと、やり手の検事役にドナルド・ミーク。いつもは「キョドりまくってる弱々しいピュア善人オジサン」で目を引くのだが、小柄だが堂々たる弁士ぶりを見せてくれて、うーんやっぱり名優は何でも出来るなあ。リンカーンが感心して「政界に出ればいいのに」「いや、私は正義のためにここにいるのだ」と、敵手だけど悪役では決してない、ある意味彼も遵法の文化を体現した存在だよね。

民主主義(とそれを体現する男リンカーン)への敬意と憧憬を、みずみずしい情感をこめて、しかも法廷サスペンスとユーモアもオマケにつけて描き出した佳作。
心があらわれました。

コメント

nophoto
たけだ
2011年11月29日20:30

ボースン様

フォード作品には(特に西部劇には)、エプロンを風になびかせながら「待っている女性」が必ずと言っていいほど登場します。

『わが谷は緑なりき』の玄関の前でエプロンを広げてその日のかせぎをそこに投げ入れるのを待っている母親などはその典型でしょうか?

フォードの遺作は『荒野の女たち』ですし・・・・・・。

nophoto
たけだ
2011年11月29日20:31

失礼

『わが谷は緑なりき』の玄関の前でエプロンを広げて、男たちが、その日のかせぎをそこに投げ入れるのを待っている母親などはその典型でしょうか?

ボースン
2011年11月29日22:23

こんばんわ。
フォード映画の女性の描き方は、古風だけどやはり印象的ですね。
「若き日のリンカン」の容疑者の母親に対して、フォンダ演じるリンカーンは自分の母親を重ねて思いやりと励ましを慈雨のごとく注ぎます。リンカーンの母親は映画冒頭の詩にしか出てこないのですが、間接的に妙な存在感がありました。

>『わが谷は緑なりき』の玄関の前でエプロンを広げて、男たちが、その日のかせぎをそこに投げ入れるのを待っている母親などはその典型でしょうか?

「怒りの葡萄」の肝っ玉おっかさんも、「男の敵」の敬虔なおっかさんも、印象的でした。
西部劇だと、おっかさんだけどある程度は奥さん、母親だけでなく妻の顔が半分かぶるような感じかな…?

nophoto
だぶるえんだー
2011年11月30日19:56

わりと新しいアメリカ映画に、大統領護衛官がリンカーンの像を見上げて
「あなたを守りたかった」
と、つぶやく場面がありました。多くのアメリカ人にとって伝説の英雄なのでしょうね。

そうだ。ボースンさん、気が向いたら
「デーヴ」
という作品も試してください。米大統領(ただし影武者)を主人公にした心あたたまるコメディです。主演俳優もいいのですが、大統領夫人を演じるシガニー・ウィーバーが可愛くてかわいくて・・・・・そこのあなた!!
”シガニー・ウィーバーが可愛い?だれか別の女優と間違えているのでは?”
と思いましたね?いやいやウィーバーさんは可愛い演技もできるのですよ。ふふふふふ。


ボースン
2011年11月30日21:37

こんばんわ、だぶるえんだーさま。

おおそうですか、今でもリンカーン像は皆のアイドルなんですね(*^^*)

>そうだ。ボースンさん、気が向いたら「デーヴ」という作品も試してください。米大統領(ただし影武者)を主人公にした心あたたまるコメディです。

ふふふ、気が向いたら…(笑)

大統領(ただし影武者)、というと、小説ですが、なんてったってハインラインの「太陽系帝国の危機」が忘れられません。(今は「ダブル・スター」と改題されて出ているようですが)
ハインラインの作品はクセのあるものも多いと思いますが、コレは手頃に軽く手頃に感動的で、好きな一作です。コメディじゃなくてSFサスペンスですが。既にご存知かも?
ああ、もう一度読み返したくなってきたなあ(笑)

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