1956年作。マイケル・アンダーソン監督。スカパーで視聴。
原作はジュール・ヴェルヌ。誰でも知ってる話だと思ったが、息子たちも相方も読んだことないらしい…。子どもの頃にヴェルヌの「十五少年漂流記」だの「80日間」だの「地底探検」だのを読んでないなんて、人生あまりに勿体無いと思う。読んでおこうよ。子ども版でいいからさぁ。

ということで概略を紹介。

1872年のロンドン。規則正しい生活習慣とホイスト(トランプのゲーム)を愛する英国紳士フィリアス・フォッグ氏は、クラブのメンバーと「80日間で世界一周が可能か否か」で賭けをし、従僕と共に旅に出る。気まぐれな自然や発展途上な交通手段の脆弱さに加えて、フォッグ氏を銀行強盗ではと疑い追ってきた刑事の邪魔まで入って、世界一周の旅は波乱万丈・スリル満点の展開に…

フォッグ氏役にはデヴィッド・ニーヴン。粋な英国紳士を演じて定評のある彼ですが、大作映画の主役はコレが初めて。30年代からちょこちょこ映画に出てはいたけど(「嵐が丘」のエドガー役とか)、真にスターとして認識された(そして彼のイメージが完成された)のはこの映画からではあるまいか。
英国紳士は姿勢がキモ。あくまでも背筋をピンと、ありえない程に美しい立ち姿。ポンポンと埃を払う指の先っちょまで全く隙なくキマっている(そしてそのキマり方に仄かなユーモアが漂う)。…絶滅危惧種です。いや既に絶滅済なのかも(泣)。
ケイリー・グラントがフォッグ役を蹴ったため役が回ってきたそうだけれど、ニーヴンの比較的「色のついてない」感が、筋立て自体が主役のような超大作観光映画には、結果的により相応しかったと言えるのでは。グッジョブですケイリー・グラント(いやグラントも結構好きですけどね。粋だし)。

そして、従僕パスパルトゥ(カンティンフラス)!原作ではフランス青年ですが、そして映画でも「フランスから来た」と言ってはいますが小柄でドジョウヒゲの明らかにメキシカン。馬車の行き交う街に自転車に乗って飄々と出現、服は体に合ってなくてツギだらけだけど、子どものように無邪気な雰囲気が何ともチャーミングです。女の子にはメッポウ弱く、一見頼りなげだがどうしてどうして、軽業師上がりの身軽さで、ご主人様のため体を張って大活躍!
世界中を旅しながらも可能な限り「習慣」に固執し、如何なる土地を通過中でも日々カード三昧、命がけで救出したインドの姫君にまでホイストの話しかしない慎み深きトーヘンボク・フォッグ氏と並べると、この主従の対照の妙は素晴らしい♪
カンティンフラスってメキシコでは有名なコメディアンだったそうで、実際この映画じゃ随分と魅せてくれますが、やはりあまり「色のついてない」新鮮さあふれるキャスティング。(それをいうならインドの姫君を演じるシャーリー・マクレーンも、本来はかなり個性的な女優さんなのに、黒髪に染めて個性を押し殺したところが新鮮だった…(^^;))

さて、ロンドンを出発した主従は、雪崩で南フランスへ抜けるトンネルが使えなくなったと聞き、気球でアルプス越えを敢行する。コレは原作にはないルートだが、空の旅は映画ならではの素晴らしい映像で大正解。むしろ映画の「80日間」というと誰しも気球を思い浮かべるだろう(DVDのジャケットだって気球だ)。原作者だって「気球に乗って五週間」で小説家デビューしたんだしきっと許してくれる筈☆
山頂の雪でシャンペンを冷やして乾杯!…と洒落込む主従は、まーだ余裕綽々です。

とはいえ気球は風まかせ、コースを少し逸れてスペインへ。土地の有力者に船を借りようと酒場へでかけ、本場のフラメンコを楽しむ。なんとパスパルトゥも飛び入りでコミカルな踊りを披露!赤いテーブルクロスを振り回して闘牛士もどきのステップを踏むが(これが実に楽しい♪)、見ていた有力者が「見事なケープさばきだ、明日闘牛に出場したら船を提供しよう」と言い出す。ご主人様がハラハラと見守る中、最初はへっぴり腰で、しかし最後まで闘牛場で頑張り抜くパスパルトゥ株は急上昇です。

フランス・スペインはサービスたっぷり、まだまだ余裕の通過ですが、スエズからインド到着後はヨーロッパ人には謎だらけの世界。うっかり聖なる牛に手出しをして現地人に追い回され、乗り遅れそうになった従者を、走り出す列車から身を乗り出して引き上げるご主人様。主従の絆は強まりつつあるようで(笑)
どこまでも広大でエキゾチックなインドの大地を走り続けるSL。目を輝かせ、列車の窓から飽かず風景に見入り続けるカンティンフラスの表情が素敵です。旅への憧れが盛り上がります(但しご主人様は車内でも他の乗客とカード中…(笑))。
ところがインド横断中、彼らは夫への殉死を強要される若い未亡人アウダ姫(マクレーン)の姿を目撃する。英国で教育を受けた女性だと知り、フォッグ氏は「救出しよう!」と決断。「では作戦を」と道連れになった英人将校がうだうだ言う間に、パスパルトゥは火刑台に忍び込み死体に化けて、見事インド人たちを撹乱する(勝手に行動するのが凄すぎるが、自分が動けばご主人様がすぐフォローしてくれる筈という信頼感、と思えば微笑ましい?)。フォッグ氏と将校の銃の援護の中、救い出されたアウダ姫はフォッグ氏にウットリのご様子で…(従僕にではなく。いかにも19世紀ですねー)。

カルカッタから一行は船で香港へ。追跡してきた刑事(ロバート・ニュートン)の横槍がこのへんから派手になり始めます。香港は英国領、ここで彼らを足止めし、逮捕状を間に合わせたいと考えた刑事は、切符を買いに出たパスパルトゥを酔い潰してしまう。潰れたまま警察に発見され、予定を繰上げ出発した船に放り込まれた従者は一人、無一文のまま日本へ!乗り遅れたフォッグ氏とアウダ姫はしかし、民間船に大枚はたいて強引に日本へ向かわせ、遅れを一日に縮めて横浜到着。富士山がいいねえ。鎌倉の大仏(らしきもの)も見れます。日本人達の服装は割と自然ですが、露店と品書きが中華風なのはご愛嬌か(^^;)
ご主人様の鋭い頭脳は、異国で泣き別れた従者を見事探し当てて、さあ次に向かうのはアメリカ大陸です。ここで“Intermission”。約三時間の映画ですから。

サンフランシスコは選挙の只中とあって、パレードだ演説会だと町中大騒ぎ。
念のため武器も仕入れて大陸横断鉄道に乗り込む三人+刑事ですが、全行程でも最長の路線。行く手を遮る大自然あり事故ありインディアンありと困難は多い。
お約束のインディアン列車襲撃(「友好的」インディアンもいますが)は相当な迫力。車内から銃で応戦するフォッグ氏や白人たち、砦に急を知らせようと列車の屋根を走り、馬を駆り、大アクションを繰り広げるパスパルトゥ!
…そして、列車と乗客は騎兵隊に救われたが、パスパルトゥだけは捕虜になってしまった。が、火刑台で身をよじりながら「ご主人様…」と呻く所へ、野を越え川を越え救助隊が駆けつける。それも、ご主人様を先頭にして!(ご主人様だけ乗馬の姿勢が妙に上品なのが笑えます。それと一瞬音楽に「ウィリアム・テル」が混じるのも♪)

とはいえ、列車は先に出発してしまった。次が来るのは一週間後。いよいよ追い詰められた一行だが、フォッグ氏は鋭い頭脳と不屈の英国魂(と鞄の中の全財産)で、なりふり構わぬ奇策を連発、ひたすらに英国を目指すのだった!

万一知らない人のため結末は伏せますが、アメリカ到着以降、終盤のラストスパートが実に素晴らしい。前半だけでも十分盛り沢山だったのに、アジアを抜けるうち「予定よりやや遅れ気味」ペースになっているので、その焦燥感がドキドキに拍車をかける。のんびりと楽しむつもりが、身を乗り出して見てしまいました。知っていてもね、結末を。

ヴィクター・ヤングの音楽も全編素敵。のびやかで明るいメイン・テーマが有名ですが、パスパルトゥのテーマが飛び跳ねるような可愛らしい旋律でユーモラスに映画を彩り、フォッグ氏を象徴する「ルール・ブリタニア」が「いかにも」な感じで随所を締める。元々英国の愛国歌「ルール…」は、この映画に限らず英国的なキャラクターの背景によく使われる実に堂々とカッコいい曲で、大抵の人は一度は聞いたことがある筈。
(→http://washichi.hp.infoseek.co.jp/midi/britannia.mid)
それでなくても、主人公たちが通過する様々な国のイメージを増すため、キャラクター性の強い有名曲の旋律が各所にギャグ(?)っぽく織り込まれています。アメリカに着けば「ヤンキー・ドゥードゥル」とかね。表現されている各「お国柄」は当然ステロタイプ化されてますが、19世紀の設定だからギャグにこそなれ余り嫌味には感じません(笑)
はっ、私この映画のサントラ盤も持っていたんだった。iPodに入れよう…

ゲストスターは四十何人とか言いますが、まあ十人も分かったら上等では。てか私十人くらいしかわかりませんよ(笑)当時の人なら分かったかもだけど。サー・ジョン・ギルグッド、フェルナンディルにシャルル・ボワイエ、ロナルド・コールマン(ニーヴンは「第二のコールマン」として売り出されたのだったっけ)、ピーター・ローレ。シスコではジョージ・ラフトにシナトラにディートリッヒにレッド・スケルトンにジョン・キャラダイン。バスター・キートンにジョー・E・ブラウン、アンディ・ディヴァイン…
分からなくても最後に、誰がドコに出てたかキッチリ分かる、ソール・バス謹製のお洒落なアニメーション・エンド・タイトルが待っています。楽しくかつ親切設計。
冒頭、物語開始前の「解説(ヴェルヌや科学技術についての)」は要らんけど…。

別に主義主張も何もなくても、こうもとことん楽しく上品な作品は大いに価値があると思う。「見世物」として始まった、映画というメディアのある意味極致かもしれない。
映画館、大画面で見れるとベストなんですけどね。私も昔自主上映の小さなホールで見たきりで(TVよりはマシだけど)、「ちゃんと」見たことは無くて残念。トッドAOなる当時の革新的ワイドスクリーン方式で撮影された作品なのに。

まさに「ご家族でどうぞ」の名作でした。
ストレスと過労の一週間が、ホント癒されましたよ☆

DVD ワーナー・ホーム・ビデオ 2005/09/02 ¥1,980

コメント

nophoto
オンリー・ザ・ロンリー
2008年3月18日3:59

この映画は映画技術史に於いてとても重要な作品でもあります。当時のアメリカはTVなるものが各家庭に普及し映画館に足を運ばなくなって来た事に危惧を抱いたマイケル・トッドらの製作者達は3本のフィルムで撮影し映写する「シネラマ」と言う巨大スクリーンの圧倒的な大迫力の「見世物」で客を再び映画館に呼び戻そうとした訳ですが、その大袈裟なシステムと膨大な製作費をみごとクリアーしたのがAO社とトッド氏共同開発のよる通常のフィルムの倍で1本のフィルム・70ミリによる大作なのです。その後この70ミリ方式による大作は数々作られレンズメーカーの研究・開発もあり今日のPANAVISIONに至ると言ってもおかしくないのです。余談ですが女性誌的にはトッド氏は大物スター・エリザベス・テーラーの三度目の旦那であり50を前にし航空機事故で亡くなりリズの悲しみの毎日に同情してしまったMGM以来の親友デビー・レイノルズは旦那エディー・フィッシャーに慰めに行かせたのが運のつき、リズとエディーは結婚し当時のハリウッドは大騒ぎになったオマケまで。
ボースンさんの相変わらずお上手な語りを聴いていて本邦初上映は今はない東京は丸の内ピカデリー、無論70ミリで観ています。懐かしいです。今と違って遊びが限られている時代、劇場を一周半くらいの長蛇。劇場パンフを手にしてエスカレーターをわくわくし登って行く光景が昨日のように思われます。
そうそう、ゲスト・スターを集められるのはこの「80日間」のトッド氏と後に作られるダリル・F・ザナックの「史上最大の作戦」くらいですかね、大物プロデューサーはやる事が違う。ボースンさん、取り上げてくれてありがとうございます。ホーム・シアターで観ますね。では長々と。失敬。

ボースン
ボースン
2008年3月18日22:10

どういたしまして、私も相当の長文になってました。予想していた以上に夢中で見てしまい、まだまだ書き足りないくらいです(笑)
音楽もいいですしねぇ。アメリカ横断鉄道の曲も大好きです♪いかにも西部劇鉄道的な躍動感のある曲調。そして橇を仕立てて線路を強引に突き進む時の、ひゅうひゅうと風の唸るような、そして時間が足りるのか!間に合うのか!と、もどかしさを掻き立てるようなスリリングな旋律(これは決して美しい曲ではないのに何だか忘れ難い強烈さがあります)。
ホームシアター、オンリー・ザ・ロンリーさんも、じっくりひたって下さいまし。

nophoto
ヤマ
2021年6月8日21:34

ボースンさん、こんにちは。
 先の拙サイトの更新で、こちらの頁を例の直リンクに拝借したので、報告とお礼に参上しました。ホントですよね~。これぞ映画の楽しさ!と言うべき作品ですよね。僕も「「見世物」として始まった、映画というメディアのある意味極致」だと思います。
 どうもありがとうございました。

ボースン
2021年6月14日0:55

こんばんわ、ご無沙汰しています。
最近ますますナマケモノになってきて、書き込みいただいたのに見落としていました、すみません~(^^;
こちらこそリンクありがとうございました。
「80日間…」のおおらかなムードと素敵な音楽。思い出すだけでホッコリします。しかしまあ、ずいぶん長文書いてましたね、私…ちょっと照れる(笑)

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