山形 浩生著。

なんだかみょーに著者のいいぶんがよくわかり、そうだなそうだなと言いながらばばっと読んでしまった。

たとえば、コンピュータがまだまだ一般の人に使いにくいのは、『コンピュータのきもち』になってものを考えてしまうオタクの人たちが設計してるからだという話。だけど、コンピュータを使いこなすには、コンピュータのきもちつーか性質に合わすように頭を働かせていかないとうまくいかないのって当たり前だと思っていた私は、十分に魂がオタクだったということか。
だいたい「おたくの多くはすさまじく汚い机をしていて、それでもまあいろんなものをなくしもせずに、ゴミの山としか思えないものから期用にいろいろ書類をひっぱりだして仕事をしたりする。あれは、かれらが空間的記憶力にたけているからだ」なんて文章があったりして、ああああ、私って空間的記憶力にたけていたのかぁ(爆)

ただし私はパソの歴史とか物理的構造、プログラミングそのものなんかには、もうまるっきり関心はない。
自分にキョーミのある様々なことが、パソコンでなんとかかんとか手作業以上にうまくやってのけられると嬉しいナッてだけである。とことん、道具。
ブラックボックスで結構!そう、パソコンはそれで本望なはずだと思うし(笑)

…だが。
なまじ「わかる!わかるよ!」なだけに、パソコンがもともと苦手で嫌いな人の目が、無事この本で開いてくれるのかどうかだけは、全くわかれない。ヒジョーに興味の持てるところである。

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