1944年、マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー監督作品。
モノクロ。日本未公開作品、WOWWOWの録画で視聴。

「あの」英文学の古典、チョーサーの「カンタベリー物語」の映画化、ってわけでは、ない。オープニングの映像とナレーションで「カンタベリー物語」とその時代に触れられはするが、現代(1944年)の物語だ。
だが、さて、どんな話かというと、とてもとても説明しにくい。ハッキリ言って変な話…
でも、英国に興味と魅力を感じる向きには、「渦巻」同様とてもチャーミングな映画だと言える。

とりあえずある程度のストーリーラインを。
第二次大戦のさなか、灯火管制も厳しい、夜の駅(カンタベリーのひとつ手前の駅)で下車した男女三人。出動前に貰った休暇でカンタベリーに向かうアメリカ兵ボブ(ジョン・スウィート)、近くの訓練基地へ戻る英国兵ピーター(デニス・プライス)、ロンドンから来た娘アリソン(シーラ・シム)だ。駅員の指示で暗闇の中を市庁舎へ向かう途中、アリソンは謎の不審者に、髪に糊をかけられる。この村に最近出没する変質者?通称“糊男”のしわざだった。正体不明だが多分兵隊らしい、と言われるこの“糊男”をつきとめようと、三人は素人探偵を始める。市庁舎で彼らを待ち構えていた治安判事(エリック・ポートマン)が怪しい、と彼らは睨むが…

田舎とはいえ戦時中と思えぬのどかな村。三人は“糊男”の被害者を探して聞きこみをしたり、治安判事の郷土史講演会を聞きに行ったり、戦争ごっこに興じる子供たちに捜査の手伝いを頼んだり、と、妙にお気楽でほんわかとユーモラスな探偵ごっこが展開される。だがもちろん、戦争の影はそこかしこにある。田畑でも鉄道でも、働いているのは妙に女性が多い。アリソンも「農業促進委員会」の指示で農作業の手伝いのために来たのだ。いや、それどころか…実は恋人を戦争で失った傷を抱えている。
のんびりした米兵ボブも、キビキビしたピーターも、それぞれに屈託を秘めていることが次第に分かってくる。そして治安判事の、土地の歴史に寄せる深く真摯な思いも…

そして、救いを求める中世の巡礼たちのように、この映画の登場人物たちも、最後にはカンタベリーへと歩を進める。彼らに救いは、奇跡はあるのか?


ヒロインのシーラ・シムはリチャード・アッテンボローの奥さんらしい。ジョン・スウィートはモンゴメリー・クリフトを思いっきりイモにしたような感じだが、アメリカのド田舎出身ののんびりした口調の青年、て感じがなかなか良かった。どうやらプロの俳優ではないらしい(クレジットタイトルにSergt. John Sweet て出ている)。デニス・プライスは「カインド・ハート」の時とえらく変わって感じたが、スウィートと対照的にキビキビした感じがこれはこれで結構。


どこまでも美しく広がる田園風景、歴史や古いものを大事にする英国人の郷土愛、戦時中の市井の人々の暮らし、善男善女のささやかな愛や夢の行く末。茫洋としたドラマ展開の中に、非常に様々な要素が詰め込まれ、織りあげられたタペストリーのような映画だった。
観終わった時のカタルシスは素晴らしく爽やかだ。…が、見る人を選ぶかも…とは思う。
私はもともと英国好きだからなあ…

犯人の動機とか、「なんじゃそりゃ」なところがあるが、まあご愛嬌なのかなあ。
これはある意味戦意高揚映画なのかもしれないけれど、こんなにしっとりと心に沈む戦意高揚映画を作れる英国人、いやパウエル&プレスバーガー、おそるべし。

実はン十年前に、英国旅行でカンタベリーもちょっとだけ寄ったことがあるのだが、ほんと変わってない…60年前のこの映画とあんまり変わってない。
巡礼たちの通った丘の上で目を閉じれば、中世からの声すら聞く事が出来る英国人。こんなに古いものを大事にできる国民性は羨ましい。市庁舎の建物やアリソンらが泊まるホテルの古色蒼然たる魅力もすばらしかった。カンタベリーの大聖堂は言うまでもなく…。
まさに目の保養。


…とりあえずWOWWOWさん、パウエル&プレスバーガー特集ありがとうございました。
m(__)m  ←無条件降伏。

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