1955年、チャールス・ロートン監督作品。モノクロ。
スカパー録画で視聴。

大不況のさなか、南部の川沿いの小さな町。家族のために銀行強盗と殺人の罪を犯した若い父親(ピーター・グレイヴス)は、幼い息子ジョン(ビリー・チャピン)に1万ドルを託し「この金を隠し、妹パールを守れ」と誓わせて、官憲に連行されてゆく。父親は死刑になるが、たまたま同じ刑務所に収監されていた偽牧師ハリー(ロバート・ミッチャム)は、金の行方を探るべく、彼の家族のもとへ向かう。兄弟の母親ウィラ(シェリー・ウィンタース)はハリーに魅了され結婚するが殺される。兄妹はボートで川へと逃れるが…

異様な雰囲気と美しい映像に満ちた傑作スリラーときいていたが、そのとおり。
偽牧師はただの詐欺師・悪漢というのではなく"主の命により"穢れた女を殺し金を得ていると自ら信じこんでいる異常な人物。右手と左手に"Love"と"Hate"、愛と憎しみの文字を刺青して説教を語り、美しい声で聖歌を歌い女性たちの心を虜にする。幼いパールですら、あっという間に彼になつく。私も特にキリスト教に詳しいわけではないが、この映画には聖歌と子守唄が何度も流れ、寓話的な不思議な雰囲気を盛り上げている。
ミッチャム、驚くほど良い声で、歌の場面はみな忘れられない。
聖歌を歌いながら追ってくる彼の影は悪夢のように美しくおぞましい。

あてもなく逃亡の旅を続ける兄妹は、身寄りのない少女たちの世話をしている毅然とした老女クーパー夫人(リリアン・ギッシュ)に拾われる。彼女だけはハリーの異常さに騙されることなく、子どもたちを守って彼と対決する。このギッシュの恰好の良いこと!
ライフルを持ってるからってだけではない。
ハリーの歌の魔力にも堂々と歌い返して圧倒する…。

彼女以外の登場人物のほとんどは愚かで騙されやすい存在として描かれているのに。ダークな世界観と子ども視点のメルヘンなモチーフが交錯して、なんとも言えない強烈な後味を残す作品だった。

公開当時は大コケだったそうだが、時代に先駆けすぎたのだろうか。
悲しみは空の彼方に
悲しみは空の彼方に
悲しみは空の彼方に
1959年、ダグラス・サーク監督作品。カラー。
スカパー(スタチャン)録画で鑑賞。
なんと、「狩人の夜」とおなじBDに録画していたこれを、続けてみてしまいました。
見始めたら一気…やれやれ…

ビーチで出会い、親しくなった二組の母子。舞台女優を目指す未亡人のローラ(ラナ・ターナー)は、白人の夫に捨てられた黒人女性アニー(ファニタ・ムーア)と知り合い、住み込みのメイドとして娘ごと同居させることになる。彼らの共同生活は10年以上も続き、娘たちも大人になってゆくが…

舞台にかけるローラの情熱、彼女を支えるアニーとの友情、白人と見まがう白い肌のため余計に苦悩するアニーの娘サラジェーン(スーザン・コナー)、母の不在に素直に耐えつつ寂しさを禁じ得ないローラの娘スージー(サンドラ・ディー)。そして、ローラを愛し続ける年下の青年(ジョン・ギャヴィン)。

女優としてのローラのサクセス・ストーリーが物語の骨子といえようが、野心(夢)と愛情、人種問題、親子の相克など様々な要素が見事に絡み合って一刻も目が離せない濃厚な人間ドラマを織りなしている。
サーク監督は「メロドラマの大家」と評されているそうな。
「あっそこ、その選択でいいの…」と、登場人物たちのもがくさまを見ながら、こちらは何度も切歯扼腕するものの、誰もが自分に正直に生きようとしているので、責めて終わりにすることもできない。
どう見ても間違った選択であっても、一分の理、「無理もない」と思わせる背景がキッチリと描きこまれている。

ここぞという所で常に、つい自分の夢を最優先してしまうローラを誰が責められるだろう。虚栄心とかでなく、真摯に夢を追っている彼女を。
出口のない人種差別社会で、ついつい己の出生を隠す嘘をついてしまうサラジェーンを。

手練れのストーリーテラーの、タナゴコロの上で転がされて泣かされる快感。
幸せを求めて傷だらけになる登場人物たちへ惹きつけられる、共感。
いやー、見ごたえありました。

特に、アニーとサラジェーンの不幸な親子関係が強烈な印象。
アニー、あんなにもいいひとなのに。
演じた二人が両方ともゴールデングローブ助演女優賞をとったらしいというのも無理ない話。ラナ・ターナーも貫禄の美しさだけどね。

ちなみに、激しい性格の混血美少女を演じたスーザン・コナー、ウィドマークの西部劇「襲われた幌馬車」でもインディアンとの混血娘を演じていました。あちらはよっぽど大人しい性格でしたが…

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